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大阪地方裁判所 昭和38年(レ)44号 判決 1964年5月11日

控訴人 山田信次郎

右訴訟代理人弁護士 池田作次郎

被控訴人 山本季三郎

右訴訟代理人弁護士 中村喜一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、控訴人が大阪市浪速区幸町通四丁目一番地の一宅地五三三坪五合四勺の所有者であること、大阪市を施行者とする土地区劃整理事業により昭和二三年一二月八日浪速区汐見橋工区(2)符号(8)の(1)宅地一五八坪六勺などが控訴人所有の右宅地に対する仮換地として指定されたこと、被控訴人が右仮換地土地のうち原判決添付目録記載の部分を占有していること、被控訴人は昭和二一年一月一日右宅地五三三坪五合四勺のうち三六坪を賃料一ヶ月坪当り六〇円で控訴人から賃借し、その後右土地の賃料は一ヶ月坪当り一〇〇円に値上げされたこと、右仮換地の指定により控訴人はその仮換地土地のうち二四坪を被控訴人に賃貸すべき義務を負うに到つたこと、本件の仮換地は原地換地であつたが、必ずしも従前の土地と一致するものではなかつたため大阪市との建物移転契約により昭和三六年一〇月二二日従前の賃借地上にあつた木造平屋建居宅一棟を収去したこと、(右契約及び収去の主体が被控訴人であるか、訴外山本啓世であるかの点は除く)、別紙目録記載の土地は被控訴人の従前の賃借地三六坪と控訴人の前記浪速区汐見橋(2)符号(8)の(1)の仮換地とが重なる部分であつて右建物を収去した残余の土地であること、前記五三三坪五合四勺の土地の仮換地のうち被控訴人が賃借すべき二四坪の土地の範囲については控訴人、被控訴人間に協議がととのつていないこと、についてはいずれも当事者間に争いがない。

二、そして右争いのない事実によれば控訴人が被控訴人に対し明渡しを請求している原判決添付目録記載の土地は、被控訴人から賃借していた従前の三六坪の土地のうちその一部については控訴人以外の第三者に対する仮換地として指定され、大阪市との建物移転契約によりその地上に存する建物を収去したが、同目録記載の九坪については控訴人に対し前記五三三坪五合四勺の土地の仮換地として指定された土地の一部であるため被控訴人において引続きこれを占有している部分に該当することは明らかである。

ところで控訴人主張の無断転貸を理由とする本件賃貸借契約の解除を除外して考えれば、控訴人は被控訴人に対し右仮換地のうち二四坪を賃貸すべき義務を有するのである。そして右仮換地のうち被控訴人が賃借すべき土地の範囲については本件におけるように賃借権が従前の土地の一部に存するにすぎないときは、控訴人、被控訴人間の協議により、或は土地区劃整理事業の施行者の指定により定められるべきであり、右協議又は指定がなされない限り被控訴人は右仮換地土地の一部を当然に使用しうるものではないというべきである。(被控訴人が仮換地上に賃借権を行使しうべき土地の範囲が客観的に定まつているとはいえない。)そしてこのように考える限り、仮換地の指定が原地についてなされ、賃借人が従前賃借していた土地がそのまま所有者に対し仮換地として指定された場合においても従前の土地の範囲と仮換地の範囲が同一でないかぎり、賃借権者は従前の賃借部分を当然そのまま現実に使用しうるものではないというべきである。(最高判昭和三三年七月三日民集一二巻一一号一六六一頁、昭和三六年三月七日民集一五巻三号三六五頁)

しかしながら、被控訴人は、前記のとおり従前の土地の一部約三六坪(成立に争のない乙第二号証の調停調書正本添付図面中に表示)について、賃借権を有していたものであり、仮換地処分に伴い控訴人より右従前の土地に対する仮換地のうち二四坪(位置及び範囲は未確定であるが)の提供を受くべき債権的請求権を有するものであつて、賃貸借契約上の信頼関係は、右仮換地処分後も存続している(土地区画整理法九九条一項参照)ものというべきである。(右賃貸借関係が解除により終了していないことは後に説示するとおり。)ところで、被控訴人は、控訴人主張のように、僅かに原判決添付図面表示の青斜線部分約九坪を占有しているだけであり、かつ、控訴人が自認するように、右仮換地のうち右青斜線部分約九坪を除くその余の部分(同右図面表示赤斜線部分)は富岡某がすでに仮換地指定を受け、これを占有しているし、成立に争のない甲第二号証の一から三までによると、被控訴人は昭和三六年四月二七日土地区劃整理事業施行者である大阪市長との間に前記従前の土地の一部約三六坪より仮換地上に建坪一一坪三合六勺の建物を移転することを約し、同年一〇月二二日移転完了届を提出して受理されていることが認められる。すると仮換地内の右約九坪の部分は、前記従前の土地の一部約三六坪に照応すべき二四坪の約八分の三にすぎず、したがつて、被控訴人にとつて従前に比べて不利なもの、つまり控訴人にとつては従前より有利なものであり、他方被控訴人は前記のように大阪市長との間の約定に基づいて前記建物を従前の土地の一部約三六坪上より右九坪上に移転し、その移転完了届を同市長に提出して受理されているのであり、したがつて大阪市長の方では被控訴人が右九坪を使用することを不当としていないことがうかがわれるから、控訴人が被控訴人との間で仮換地について被控訴人の賃借使用すべき位置及び範囲につき協議の結果その位置及び範囲を承認しない(この協議が成立していないことは当事者間に争がない。)で、又大阪市長によつて賃借部分の指定がなされるのを待つことなく、被控訴人に対し右九坪部分の明渡を求めるのは、賃貸借契約上の信義則に反し、権利の濫用として許されないと解するのが相当である。

三、そこで進んで控訴人主張の無断転貸による賃貸借契約解除の点について検討する。

≪証拠省略≫によれば、右賃借地上の木造平屋建建物一棟は被控訴人がその建築資材を供給し、建築費を支払つて建築したものであつて、被控訴人の所有に属するものであり、訴外千速こまが建築したものではないこと、訴外千速こまが同建物に居住していたのは、同人が被控訴人の義母であり、被控訴人が同人を扶養する必要上、被控訴人方の近くにあつた右建物に居住させていたものであつて、被控訴人が前記三六坪の賃借土地を同人に転貸したものではないことが認められ右認定に反する証拠はない。

次に控訴人は仮に被控訴人が建築したものであるとしても、被控訴人は右建物を訴外千速こまに贈与しこれに伴つて右建物の敷地である前記三六坪の土地を同人に転貸したと主張する。

控訴人の右主張は浪速区役所備付の公簿に本件建物の所有者が千速コマと登載されていることから、本件建物が被控訴人の所有であつたとしても、右公簿に登載されるまでの間に訴外千速に贈与されたものであると主張するもののようである。

しかし右浪速区役所備付の公簿に本件建物の所有者が千速コマと登載されるようになつた経緯については、本件全立証によるも、訴外千速こま或は被控訴人の申告に基くものか或は区役所職員の調査によるものかは明らかでないし、又当審証人千速信吉の証言、原審証人矢野昇の証言及び原審における被告(被控訴人)本人尋問の結果によれば、訴外千速こまは本件建物に居住する前は被控訴人方で扶養されていたこと同人が本件建物に居住している間も三度の食事は附近にある被控訴人方でとつていたこと、昭和二七年ごろ被控訴人が本宅を新築するや同人は本宅に引取られていること、その後本件建物には被控訴人方の番頭矢野昇が居住していたことが各認められ、これらの事実から考えると本件建物が訴外千速こまに贈与され同人の所有に帰したとは認め難く、他に控訴人の主張を認定するに足る証拠はない。

なお、本件建物の収去の際、大阪市との建物移転契約や移転補償金の受領は訴外千速こまの子である被控訴人の妻訴外山本啓世(旧名清子)の名義でなされているが前記認定の事実を考え合せるとこれだけから本件建物の所有者が訴外千速こまであつたと認めることはできない。

四、以上のとおりであつて被控訴人が前記三六坪の賃借土地を訴外千速こまに転貸したものとは認められないからこれを前提とする控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であり、これと同趣旨に出た原判決は正当であつて本件控訴はその理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 小田健司 裁判官井上清は転任につき署名することが出来ない。裁判長裁判官 山内敏彦)

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